11.05.02.~ SS/アフロディの神様(未完)
SSです。一人称、独白。アフロディ過去メモ書き。まちがいなく書き直す。
「春の夏」みたいに静かでも、「ヘブンズタイム」のようにストーリーがあったりもしないです。
※まだ完成してません。前編として扱っていただけると嬉しいです。
ぼくは美しい町で育った。
「春の夏」みたいに静かでも、「ヘブンズタイム」のようにストーリーがあったりもしないです。
※まだ完成してません。前編として扱っていただけると嬉しいです。
ぼくは美しい町で育った。
ぼくは本当に美しい町で育った。それをよく覚えている。
美しい町のはじの小さな家の中、小さな部屋で、小さなテレビを見ていた。やわらかいじゅうたんが、すねをくすぐる。となりの台所から、白菜を切る包丁の音がとんとんと鳴っている。テレビの中で、おもしろい顔をしたおもしろい大人が、おもしろいことを言って、僕と家族はくすくす笑った。
美しい家庭だった。
わずかに黄ばんだ白い壁、じゅうたんの薄くなってざらざらしているところ、このまえ料理をこぼしてできたテーブルのしみ、木で出来たまな板とそれにぶつかる包丁のリズム、僕らの笑い声。小さな家の中にそれらが詰まっている。僕はその中の一人だった。
家の外に出れば、うるさくて埃っぽい風やつめたい地面が出迎えてくれる。
庭は狭かった。小さな家の小さな庭。たしか芝生を植えた覚えがあるのだけれど、今は土が剥き出しになって、そこに茶色く枯れた雑草が生えている。
靴を脱ぐと、地面のつめたさが足の裏にぴったり張り付く。あたりを見回して、ガラスと石が落ちていないか、確かめる。
サッカーボールを買ってもらったのは、たしか、小学生になるかならないか、物心がつくかつかないか、そういう時期だったと思う。
テレビを見ていた僕はいつものように、おもしろい人が出てくる番組を探していた(当時はチャンネルや時間帯によって番組が決まっているなんて知らなかった)。
そのときだ。怖い顔をして難しい言葉を読み上げる番組や、うさぎのイラストが跳ね回るアニメや、楽器を鳴らしている大人たちの映像の中に、知らないものが映っていた。
「ねえ、これ、なに?」
牧場のような緑の大地を、青と赤の服を来た大人たちが走り回っている。カメラが遠くからしか映してくれないから、彼らは、遠い草原の上に飛ぶちょうちょのようだ。
父さんが、どれどれ、と言った。
「この人、ゆうめいじん?」
僕は米粒のような大人のうちの一人を指差した。すると、画面がぱっと移り変わり、浅黒い肌の外国人を映し出した。知らない人だった。父さんは笑った。
「それはね、サッカー選手だよ」
せんしゅってなに、と聞く。このなかのだれ?
「全員だよ。全員、サッカーをしてるんだ。サッカーをしている人たちを、サッカー選手って言うんだ」
「サッカーって?」
「これだよ」
画面の中の選手たちが、ボールを蹴っている。これがサッカー?
今考えれば、サッカーについて説明するとき、「サッカーはサッカーであって」「ボールをける」「スポーツだ」と説明するしかない。しかし、僕は納得できなかったから、なんどもなんども聞いた。
スポーツ? どうしてボールをけるの? それで、サッカーせんしゅってなに?
ひとしきり質問した後にようやく、父さんを困らせていることに気づく。喉まで出かかっていた次の疑問を飲み込み、父さんの困り顔から目をそらした。
カメラはふたたび、フィールドを映した。
そのすぐ後のことだ。常に聞こえていた低いざわめきが、波のようにふくらみはじめ、ついにわあっとスタジアムを包み込んだ。テレビを食い入るように見つめていた僕は、おもわず全身の毛を逆立ててしまった(ように感じただけで、おそらく、鳥肌が立っただけなのだろうけれど)。心臓がどきどき鳴っていたことをよく覚えている。カメラの位置が変わり、両手を大きく振り上げた『サッカー選手』と、同じ赤い服を来た『サッカー選手』が、緑の地面を走り回り、雄叫びを上げていた。
僕はつばを飲み込んだ。
「サッカーって、おもしろい?」
父さんはうなずいた。
次の休日、僕は庭でサッカーボールを蹴った。
庭は狭かったから、草むしりも石取りもすぐに終わった。ボールを蹴りたくて蹴りたくて仕方なかった僕は、いつもよりずっと早起きをして庭をすっかりきれいにしてしまった。
だが、サッカーとは何かを知らなかった僕が、いきなりボールを目の前にして、何ができるだろう。汗ばむ手をぐっと握り締めたまま、庭の真ん中で、ボールをじっと睨む。最初に何をすればいいんだっけ? サッカー選手は、いったい何をしていたっけ?
「蹴ってごらんなさいよ」
母さんが僕を見ていた。ボールとにらめっこしていた僕は、いきなり現れた母親の声に、自分でも信じられないくらい驚いた。
庭に降りてきた母さんが、僕からすこしはなれたところに腰をおろして、両手を軽く打ち合わせる。
「ほら、ここまで蹴ってみて」
母さんの顔とボールを、二度三度見比べる。新品のボールの白と黒のコントラストと、太陽の光を背に浴びる母さんを見ているうちに、足元の土がぬるくなってきた。そのぬるさがどうにもくすぐったくて、僕は重い足を動かした。
ボールは鈍い音をたてて飛んで、母さんの目の前でバウンドすると、そのまま転がり、母さんの足元へ転がっていた。
母さんは黙ってボールを投げて戻してくれた。
蹴る。転がる。戻ってくる。蹴る、転がる、戻ってくる。いつのまにか熱くなってきた体で、窮屈な庭の中を言ったり来たりした。時々あさっての方向へ飛ぶボールを、母さんはちゃんと拾ってきてくれた。そのうち、戻ってくるボールが左右に逸れたり、早かったり、大きくはねたり、することもあった。そのたびに僕は走り、母さんが取れないところへ蹴り返してみたりした。
サッカーごっこは、昼間で続いた。ボールは泥だらけになり、母さんの手に土がつき、僕の足もすっかり汚れてしまった。顔についたほこりも、残っていた小石をふんで出来た傷も、好きだった。脱いだ上着のことも忘れていた。
「ああ、お昼を作らなくっちゃ」
両手を見て、母さんが笑う。
「照美、あなたもちゃんと手を洗うのよ、いい?」
「わかってるよ」
真っ黒になった指で、泥だらけのボールを拾い上げる。昼の太陽が僕らを照らして庭の真ん中に濃い影を落としていた。
それから僕はいろいろなことを知った。サッカーをするには、数人の選手が集まってチームを作らなければいけないこと。チーム同士が試合をして、勝敗を決めること。ボールをゴールに入れればいいこと。フォーメーションやファウル、オフサイドのことも、わずかに理解できていた。時間があればテレビをつけて、試合を見た。
「ああ、韓国にもチームがあるんだね」
声がはずむ。「日本のチームとも試合をするのかな」
「そりゃあ、するだろうね」
父さんが新聞を置いて言った。
「じゃあどっちを応援しよう」
「迷うわねえ」
母さんがうなずく。
「どっちを応援してもいいんじゃない? ねえ」
「そうそう」
「へええ」
試合に勝者と敗者ができると知ったばかりの僕は、首を傾げそうになるのを我慢しながら言った。
アウェーの選手がゴールを決めた。僕はホームの選手を応援していたから、少し残念だったが、父さんの「すごいシュートだったな」という言葉に同意した。
僕が地元のサッカーチームに入ったのは、それからすぐ後のことだ。
母さん達はこぞって言った。
「照美くんはサッカーの神様に愛されてるのね」
それだけ僕の能力は高かった。
これは決してうぬぼれではなくて、チームメイトの動きや、メニューのこなし方や、コーチの態度、自分の蹴ったボールの軌道、それらすべてから導き出された結論だった。
僕はサッカーの神様に愛されていた。
美しい町のはじの小さな家の中、小さな部屋で、小さなテレビを見ていた。やわらかいじゅうたんが、すねをくすぐる。となりの台所から、白菜を切る包丁の音がとんとんと鳴っている。テレビの中で、おもしろい顔をしたおもしろい大人が、おもしろいことを言って、僕と家族はくすくす笑った。
美しい家庭だった。
わずかに黄ばんだ白い壁、じゅうたんの薄くなってざらざらしているところ、このまえ料理をこぼしてできたテーブルのしみ、木で出来たまな板とそれにぶつかる包丁のリズム、僕らの笑い声。小さな家の中にそれらが詰まっている。僕はその中の一人だった。
家の外に出れば、うるさくて埃っぽい風やつめたい地面が出迎えてくれる。
庭は狭かった。小さな家の小さな庭。たしか芝生を植えた覚えがあるのだけれど、今は土が剥き出しになって、そこに茶色く枯れた雑草が生えている。
靴を脱ぐと、地面のつめたさが足の裏にぴったり張り付く。あたりを見回して、ガラスと石が落ちていないか、確かめる。
サッカーボールを買ってもらったのは、たしか、小学生になるかならないか、物心がつくかつかないか、そういう時期だったと思う。
テレビを見ていた僕はいつものように、おもしろい人が出てくる番組を探していた(当時はチャンネルや時間帯によって番組が決まっているなんて知らなかった)。
そのときだ。怖い顔をして難しい言葉を読み上げる番組や、うさぎのイラストが跳ね回るアニメや、楽器を鳴らしている大人たちの映像の中に、知らないものが映っていた。
「ねえ、これ、なに?」
牧場のような緑の大地を、青と赤の服を来た大人たちが走り回っている。カメラが遠くからしか映してくれないから、彼らは、遠い草原の上に飛ぶちょうちょのようだ。
父さんが、どれどれ、と言った。
「この人、ゆうめいじん?」
僕は米粒のような大人のうちの一人を指差した。すると、画面がぱっと移り変わり、浅黒い肌の外国人を映し出した。知らない人だった。父さんは笑った。
「それはね、サッカー選手だよ」
せんしゅってなに、と聞く。このなかのだれ?
「全員だよ。全員、サッカーをしてるんだ。サッカーをしている人たちを、サッカー選手って言うんだ」
「サッカーって?」
「これだよ」
画面の中の選手たちが、ボールを蹴っている。これがサッカー?
今考えれば、サッカーについて説明するとき、「サッカーはサッカーであって」「ボールをける」「スポーツだ」と説明するしかない。しかし、僕は納得できなかったから、なんどもなんども聞いた。
スポーツ? どうしてボールをけるの? それで、サッカーせんしゅってなに?
ひとしきり質問した後にようやく、父さんを困らせていることに気づく。喉まで出かかっていた次の疑問を飲み込み、父さんの困り顔から目をそらした。
カメラはふたたび、フィールドを映した。
そのすぐ後のことだ。常に聞こえていた低いざわめきが、波のようにふくらみはじめ、ついにわあっとスタジアムを包み込んだ。テレビを食い入るように見つめていた僕は、おもわず全身の毛を逆立ててしまった(ように感じただけで、おそらく、鳥肌が立っただけなのだろうけれど)。心臓がどきどき鳴っていたことをよく覚えている。カメラの位置が変わり、両手を大きく振り上げた『サッカー選手』と、同じ赤い服を来た『サッカー選手』が、緑の地面を走り回り、雄叫びを上げていた。
僕はつばを飲み込んだ。
「サッカーって、おもしろい?」
父さんはうなずいた。
次の休日、僕は庭でサッカーボールを蹴った。
庭は狭かったから、草むしりも石取りもすぐに終わった。ボールを蹴りたくて蹴りたくて仕方なかった僕は、いつもよりずっと早起きをして庭をすっかりきれいにしてしまった。
だが、サッカーとは何かを知らなかった僕が、いきなりボールを目の前にして、何ができるだろう。汗ばむ手をぐっと握り締めたまま、庭の真ん中で、ボールをじっと睨む。最初に何をすればいいんだっけ? サッカー選手は、いったい何をしていたっけ?
「蹴ってごらんなさいよ」
母さんが僕を見ていた。ボールとにらめっこしていた僕は、いきなり現れた母親の声に、自分でも信じられないくらい驚いた。
庭に降りてきた母さんが、僕からすこしはなれたところに腰をおろして、両手を軽く打ち合わせる。
「ほら、ここまで蹴ってみて」
母さんの顔とボールを、二度三度見比べる。新品のボールの白と黒のコントラストと、太陽の光を背に浴びる母さんを見ているうちに、足元の土がぬるくなってきた。そのぬるさがどうにもくすぐったくて、僕は重い足を動かした。
ボールは鈍い音をたてて飛んで、母さんの目の前でバウンドすると、そのまま転がり、母さんの足元へ転がっていた。
母さんは黙ってボールを投げて戻してくれた。
蹴る。転がる。戻ってくる。蹴る、転がる、戻ってくる。いつのまにか熱くなってきた体で、窮屈な庭の中を言ったり来たりした。時々あさっての方向へ飛ぶボールを、母さんはちゃんと拾ってきてくれた。そのうち、戻ってくるボールが左右に逸れたり、早かったり、大きくはねたり、することもあった。そのたびに僕は走り、母さんが取れないところへ蹴り返してみたりした。
サッカーごっこは、昼間で続いた。ボールは泥だらけになり、母さんの手に土がつき、僕の足もすっかり汚れてしまった。顔についたほこりも、残っていた小石をふんで出来た傷も、好きだった。脱いだ上着のことも忘れていた。
「ああ、お昼を作らなくっちゃ」
両手を見て、母さんが笑う。
「照美、あなたもちゃんと手を洗うのよ、いい?」
「わかってるよ」
真っ黒になった指で、泥だらけのボールを拾い上げる。昼の太陽が僕らを照らして庭の真ん中に濃い影を落としていた。
それから僕はいろいろなことを知った。サッカーをするには、数人の選手が集まってチームを作らなければいけないこと。チーム同士が試合をして、勝敗を決めること。ボールをゴールに入れればいいこと。フォーメーションやファウル、オフサイドのことも、わずかに理解できていた。時間があればテレビをつけて、試合を見た。
「ああ、韓国にもチームがあるんだね」
声がはずむ。「日本のチームとも試合をするのかな」
「そりゃあ、するだろうね」
父さんが新聞を置いて言った。
「じゃあどっちを応援しよう」
「迷うわねえ」
母さんがうなずく。
「どっちを応援してもいいんじゃない? ねえ」
「そうそう」
「へええ」
試合に勝者と敗者ができると知ったばかりの僕は、首を傾げそうになるのを我慢しながら言った。
アウェーの選手がゴールを決めた。僕はホームの選手を応援していたから、少し残念だったが、父さんの「すごいシュートだったな」という言葉に同意した。
僕が地元のサッカーチームに入ったのは、それからすぐ後のことだ。
母さん達はこぞって言った。
「照美くんはサッカーの神様に愛されてるのね」
それだけ僕の能力は高かった。
これは決してうぬぼれではなくて、チームメイトの動きや、メニューのこなし方や、コーチの態度、自分の蹴ったボールの軌道、それらすべてから導き出された結論だった。
僕はサッカーの神様に愛されていた。
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