10.09.02 ヘブンズタイムといきどまり(後編)
これの続きです。べつに前編後編に分けるほどの長さではありませんでした。
うすい夜にしずむ帰り道を、考えることもなくたどります。
バスが出発する時間をすぎても、足はいっこうに進みませんでした。
町はあらゆる種類のひかりで満ちています。内側からあふれるひかりも、外からやってくるひかりもあります。月や星のあかりもまじっていることでしょう。町にてらされて、人も、空をささえる電柱も、車も、すべてが影になっています。
信号機がしらないリズムで点滅しています。その下でながれる人の波は、やはり暗闇を頭からすっぽりかぶっていました。顔が少しも見えないぶん、かえって表情が感じられるくらいです。
見捨てられた粗大ゴミの山が、正面にありました。こげ茶色のクロゼットとタンスがまんなかに立って、人々のゆく先をうつろに見守っています。
バス停にはヘラがいました。彼は闇の中、バス停のベンチにすわり、じっと道路をながめていました。
ふたりがここでであうのははじめてのことでした。毎日どちらかが遅れて部室をでますから、一本か二本、バスがちがうのです。
ベンチの右どなりへ、歩みよります。はげた白いペンキのがさがさした表面が、目の前をよこぎる車のヘッドライトにさらされて、影を左から右へとのばしていました。
「こんばんは」
アフロディの声は雑踏のなかにすいこまれていきました。ヘラはこちらをちらりとも見ませんでした。
車道をはさんだあちらの歩道で、信号機が青にかわります。声のない人々のざわめきが、裏打ちのないひかりとまざり、ひろがります。
ガードレールや、ゴミの山が、あふれる人におおいつくされていきます。
左肩にかけていたバッグのひもを、そっと持ち上げます。地面へおろされた荷物の感触が、手のひらにつたわってきます。
狭いバス停では、荷物のほうが場所をとりました。もしほかに一人でもバス待ちの客がいたら、立っているのもいやになるでしょう。背後を歩く人の息遣いさえ聞こえてきそうな窮屈な歩道では、ベンチがひとつあるだけで、道幅の半分ふさがれてしまいます。
すぐ後ろでは絶え間なく足音がうまれ、靴にもまれきえていきます。信号待ちをしている車の中で、運転手の指がハンドルを規則ただしくたたいています。
本当の夜がすぐそばで待ちかまえています。
青いランプがつきました。車が目の前をすいすい横切っていきます。ガードレールがライトにてらされ、ぎらりと光ります。横断歩道の前に人がたまっていきます。ビルの窓にはどこもあかりがともっていて、ガラスの向こうをときどき誰かがとおりすぎていきました。
いまはもう空のほうが灰色のコンクリートより黒く、町のわずかなあかるさを少しずつすいとっているようでした。
ふたりはながいあいだだまっていました。車とバイクのエンジンの音が、きたない空気をかきみだします。しんとした空間は夜の闇にまぎれることのない重いものでした。月も、町の外に押しだされて、ひかりを落とせず、とまどっているようでした。
かすかに、息をすいこむ音がしました。
「おまえは」
低い声がします。
「本当は目をさましていないんじゃないか?」
アフロディの手がかたくにぎられました。
「そんなことはありません」
「それじゃなにが見えてる」
答えはすぐにはでませんでした。彼は言葉をひとつひとつえらび、ただしい音をならそうと、こころをくだいているようでした。やがてその口がうごきました。
「見えていないのは」
ただしい音はでませんでした。
ヘラはだまっていました。
「なにも見えていないのは――」
アフロディの声はそこで止まりました。
太陽のかがやきがおりこまれたような髪と、たそがれからかりうけた色の髪が、ガスになびいています。
切れた言葉は宙へきえていきました。そのあとを追うように、アフロディの瞳も空をうつします。かがやく町の息吹が強くにおいました。
つづきを言う必要はもうありません。
飲み込まれたつばの味がのどへひろがります。
「神の力なんかいらなかった」
ため息のかわりにもれた声が、満ちるひかりにかきけされていきました。力なく下がる腕の先で、むすばれた指がゆっくり開いていきました。
いやに大きなトラックが、クラクションをならし、視界の右はじにやってきたかと思うと、目の前いっぱいをさえぎり、左へ流れていきました。
靴が地面をたたく音とエンジンのうなりがうずまき、町のあらゆる建物のなかにしみこみ、あふれていました。
音やにおいは、あればあるだけゼロに近く感じられるものです。
ひびいていたクラクションが足音のうずにすいこまれてしまうと、町はずっとしずかになりました。
言葉のすがたを見失ったアフロディの視線は、目の前に横たわるガードレールの上をさまよいました。向かい側の歩道には、色彩のない人影が、横断歩道の幅いっぱいにひしめきあっています。
車のタイヤが鳴り、エンジンの音がきえます。すべての信号機が赤くともり、人と車が凪のようにしずまります。
ふいに視界がまっ白に染まりました。
思わず閉じたまぶたのすきまから、ひかりがあふれます。
目の奥までとどく、痛いほどにまっすぐなひかり。
目をつぶったのはアフロディだけでした。粗大ゴミにまぎれていた鏡が、車のライトを偶然反射して、正面をみつめるしかなかった彼の目へ、とびこんだのでした。
鏡は人の向こうに隠れました。
うすく開いたまぶたの間から、色彩をうばわれた景色がのぞきます。視界にゆっくり色がもどっていきます。歩道も、古いベンチも、輪郭をとりもどしました。
そのまんなかにヘラのすがたがたしかにうつりました。
彼はねむっているように見えました。
すべての力を自分の中心にすえて、目を無力に閉じ、闇へ身をゆだねていました。肩のあたりを注意してみれば、小さくうごいて息をしているのがわかります。
アフロディは、ぞっとさむいものが体をかけぬけていくのを感じました。彼がいきている証拠が、彼をつくるすべてのものから、溶けてなくなってしまったように見えたからです。閉じられたやわらかいまぶたや風におどる髪、頬、肌、口。ライトにてらされ、なめらかなひかりにぼうっとふちどられたそれらが、浅い呼吸といっしょに、ちがう世界へきえていくように見えたのです。
胸が凍りつきました。なにかとりかえしのつかないことがおこったという予感がありました。
しかしもしかしたらいまなら、闇の中から彼をすくいだすのに間にあうかもしれない。すくんでいた左手を、彼のほうへ、ぎこちなくのばした瞬間です。
突然、視界の左はじからずいとのびた白い手が、その手首をしっかりつかみました。
しみるほど熱い手です。たてられた爪が肌にくいこみます。
痛みと温度が頭にとどく前に、思わずあげた視線が、手の主の視線とぶつかります。
あざやかな赤色の目と、すきとおる金の髪。結ばれたくちびるのかわきかたすら、おなじでした。
鏡よりもそっくりなふたつの顔が、夜にうかび上がっていました。
―――――――――――――
あっけにとられたアフロディは、腕をひかれていることにすら気づけませんでした。
流れる人ごみにもまれても、指はほどけません。手首はちぎれてしまいそうでした。
歩道を横切ったところで、やっと、我にかえります。転びそうになっていたところをなんとかふんばり、腕をひっぱりかえします。相手がよろめいたのにあわせて腕を振りまわすと、ようやく指がほどけました。止まっていた血が手へいきおいよく流れだし、肌の色がもどってきます。
冷たい汗が背中いっぱいにふきだしました。早鐘のように打つ心臓の音が、全身につたわります。
ふたりが顔を見合わせたのは一瞬のことでした。もう一人のアフロディは、息をつかぬ間に身をひるがえし、家と家のすきまへとびこみました。
「まってくれ!」
声が住宅街いっぱいにひびきます。彼は振り向きません。
これ以上、言葉はでませんでした。息をすうと、むせるような夜のにおいが肺につまりました。
彼のすがたがきえるまえに、路地にとびこみます。車もはいれないくらいの道幅を、息をはずませながらなんとか走りぬけます。この前ぬけた路地よりもずっときれいで、ひんやりした道でした。どれだけ角を曲がっても、ゆく手をさえぎるものはありません。
彼にはすぐ追いつきました。手をのばせばとどきそうなくらい近くで、金色の髪がおどり、ひるがえります。
町のさわがしさが、あたりに満ちる紫色の闇にすいこまれていきます。
アフロディたちがたどりついたのは名前もわからない学校の、裏門でした。
逃げる後ろすがたがきえたと思うと、車があつい壁へぶつかったときのような、がしゃんと言う音がしました。思わず身をすくませながらもなんとかそのあたりへたどりつきますと、車のかわりに、なんとものっぺりとした鉄の門があらわれました。
いかにも不便そうなとびらです。幅も高さもあまりありません。校舎のすぐ裏につけられたドアですから、ひみつのぬけ道にすら使うことはできないでしょう。
目にふれる部分のペンキが、まるい取っ手にいたるまでぜんぶはげていて、さわるだけで指がまっ黒になってしまいそうなほどさびついていました。鉄板の上下のはじにのこっている塗料を見るかぎり、昔はそれはあざやかな青色をしたりっぱな門だったのでしょう。
あの少年は、開きっぱなしだったこの門のなかにとびこんで、とびらをけとばし閉じたのでしょう。黒い砂のようなさびがコンクリートの地面に散っていました。塀と門にあるわずかな隙間から、折れまがったねこじゃらしがのぞいています。
僕は彼を追わなければいけないなと、アフロディは思いました。
あふれていた不安やあせりはすべて、もう一人の自分に対する興味へと、むりやり姿をかえていました。
全身でぶつかるようにして、金属のとびらをおします。冷たい感触が重くしみてきます。とびらがきしみ音をたてるたび、茶色いさびがぱらぱらと地面へ落ちました。口の中にまで、鉄のにおいがしてきます。
ぐいと体重をかけると、門は少しずつ開きはじめました。やっとできたわずかなすきまへ、なんとか体をすべりこませます。
裏庭は絵の中の景色のようにしんとしていました。
ブラウスについたさびをはたきながら、校舎をはしからはしまでみわたします。人影はもちろん、木や草の風にそよぐところすら見あたりません。
門を囲うようにしてはえるツタも、ならべられたプラスチックの植木ばちも、来客をみさだめているようでした。
校舎にも庭にも、あかりは見えません。頭上、高い空のうえに、月だけがぽっかりうかんで、こうこうとあたりをてらしていました。
さあさっきの彼はどこへきえたのだろうと、あらためて庭をながめます。
右手には浅く色気のない花壇が五列、校舎と塀のあいだを埋めるようにならんでいます。しおれてちぢんだパンジーやクロッカスが、ざつに植えられていました。水気のない土は、少しも整えられていないらしく、まっ平らでした。つきあたりに高い壁があるところを見ると、日のひかりも満足にあたっていないようでした。
左を見ると、庭よりずっと幅のひろい校舎が、どんとつっ建っているだけの、つまらない壁がありました。気のきいたぬけ道も、わたりろうかも、ありません。花壇は四列だけありました。校舎側の一列ぶんは、無愛想なじゃり道になっていて、門から校舎へつきあたるところで左へ、校舎のはじあたりで右へ、直角にまがっていました。月あかりがさしこんでいる様子を見るかぎり、どうやらそのかどをはいれば校庭へたどりつけるようでした。
逃げた彼もそこを走りぬけていったにちがいありません。
じゃりの上を、音をたてないように進みます。
夜の学校とはこんなにさびしいものだったでしょうか。
どんなにあるいても、だれにもであうことはできません。
かすかな虫の声は、無音にたえかねた耳が、みずからつくりだしたきしみのようです。靴と砂のこすれる音も、聞こえてくることがまちがっているように思えます。
かすかな音やひかりは、いつのまにか、あつぼったい夜にもらさずのまれていってしまいました。
じゃり道をたどるにつれ、足の傷の痛みがましてきました。水っぽいガーゼが傷口をびったりおおい、風をすこしもとおしません。
アフロディが一歩足を進めるたび、あとを追ってくる闇の気配が、濃さをましていきました。
見えないものの息がくびすじににかかり、肌をぴりぴりいわせるのでした。
だれかがガラスをつついたような気がしても、窓の向こうに人影をさがすことすらできません。ちらと目をさまよわせても、見えないものは予感ごと身を隠してしまいます。
指の先がじっとりしめってきます。かわいた草のかおりが、鼻の奥をくすぐります。
わずかでも気を緩めたら、すべてをすいこんでしまいそうな闇でした。
ほんとうは闇はすべてをのみこむようにできています。たとえひかりがさしこんだとしても、それすらじわじわほどいて溶かしてしまうのです。
人はひかりよりもずっとはっきりしていますが、それでも闇は、体をはじのほうからそっと溶かしています。
ましてや、これだけ濃い闇ならば、その感覚はずっと早くなります。
暗闇はささやきあいながら木の影や窓のなかにひそみ、足元をとりかこんでいました。
口の中に、いやな味がひろがります。
音のない景色は、意思を持ってこちらをじいっと見おろしていました。
寝息をたてていた草花も、夜の重みにたえていた小石たちも、みんなが彼のあしどりをみつめ、体中に視線をはわせていました。
沈黙や闇は、時間がたつごとにするどく全身につきささります。骨にまでとどきそうな沈黙でした。足のあいだを、温度のある風がそうっととおりぬけていきます。
体にひめていたひかりが、糸でひっぱられるようにはがされ、とれていきます。
もう景色はすべての色をうしなってしまったようでした。
湿気すら肌をちくちくさすようになったときです。
ようやく足元のじゃり道がとぎれました。校舎のかげからさすやわらかい月のひかりが、髪からつまさきまでを、うすくつつみこんでいます。
すきとおった空気をいっぱいにすいこみ、アフロディはながいため息をつきました。傷の痛みもひいていきます。
砂ばかりの校庭からは、あたりをかこむ住宅街と校舎が一度に見えました。コンクリートの壁と高い金網が、夜空をさえぎっています。
校舎のそばに、ならべて植えられたふるいイチョウが六本、ほこりっぽい風になびいていました。いちばん向こうのイチョウの影に、校庭より一段たかい石の地面があり、となりで玄関がぽっかり口を開けていました。傘たての上には、忘れさられたうわばきが一足だけおかれていました。うすいガラスをへだてているだけのまっ暗な玄関が、そのくすみをいっそうきわだたせていました。
アフロディの視線は、玄関の前で止まりました。まばたきのあと、時間をかけて目をこらします。
月あかりにてらされる校庭を、じっとみつめる人影がありました。彼の瞳も、彼の意思で閉じられ、ゆっくり開かれました。
雲が空をおおいはじめます。
アフロディは彼の手がとどくところに歩みよりました。ふたりはおなじ雲の影の中に立ちつくしていました。
月が隠れているというのに、向こうの顔はよく見えました。やはり、どんなガラスや水たまりにうつるよりもそっくりな自分が、人のかたちを持ってそこにありました。
ただひとつちがったのは、彼がまっ黒な服に身をつつんでいたことです。髪にかくれて見えなかったブラウスもズボンも靴下も、腕や足のかがやくような白をひきたたせる、にぶい黒でした。
「なぜ僕を追ってきたんだい?」
彼が言いました。どこかあまい、ねじをしめわすれているような声です。
「きみこそなんで、僕から逃げるんだ」
のどがきしんでいます。左手首が、彼の手の温度を思い出し、あつくなりました。
「本当はきみが僕を追っていたんだろう」
「それは」
彼はみだれた髪をそろそろとなでました。怯えが、動作のひとつひとつにあらわれていました。
「きみが怖かったから」
「怖いのはこっちのほうだよ」
強いいきおいのある声でした。アフロディは怖気だつ相手をにらみつけました。
「きみはだれなんだい? あの鏡からでてきたのかい」
「僕は鏡じゃない」
もう一人の少年は手をおろし、そろりとアフロディをみました。それから短いあいだ、だまって考えこんでいました。
「これは鏡の役目じゃないんだ」
そう言いながら視線をはずします。しまりのない表情でした。遠慮がちに組み合わせた指の上で、長い前髪の先がぱらぱらほぐれました。
ふとアフロディはまばたきをしました。相手の白い肌に、しみのようなものがうかんでいるのを見つけたのです。
注意しなければ見逃してしまうくらい、小さなうすいしみです。瞳のピントがずれたせいかもしれないと、目をこらしても、きえません。玄関からながれでた闇に、色をうばわれてしまったのでしょうか。彼の輪郭があわくあいまいに見えたのは、そのしみのせいかもしれません。
「それはなんだい」
そう言いおわらないうちに、彼は目をどこまでも大きく見開きました。眉尻のさがった顔から、さあっと血がひいていきます。
最初は、しみは、右の二の腕のうえにぽつんとついているようでした。しかしよく見てみると、それはあらゆるところにありました。腕にも、頬にも、足にも。さがせばさがすだけふえていくようです。彼が後ろを向いても、横を向いても、かならずふたつみっつはみつけられるにちがいありません。
「そうだね」
オルゴールは、ぜんまいがこわれる瞬間に、こんな音色をだすかもしれません。黒い服のアフロディはそれきり息を止め、本当のアフロディのすがたを見ました。
アフロディは右足の傷がうずくのを感じました。湿り気をいっぱいにふくんだガーゼが、足にすいついています。
「おぼえていないんだね」
「なにを」
反射的にそう返した後、アフロディはぴくりと肩をふるわせ、短く息をのみました。頬に緊張がはしります。自分のものではないあざを、ふたたび見つめます。
黒い服の少年が、組んだ指をほどきました。
「きみは」
そこで言葉はつかえ、かわりにしっとりした息がくちびるからもれました。彼の視線が地面へと落ちます。
「きみは、自分がまちがってると、本当に思ってたかい?」
ただしい音色をもった声でした。
アフロディは、自分の頭にかあっと血がのぼったのがわかりました。
「思っているさ」
くちびるがかわいていきます。にぎりしめる両手が、しびれます。ヘラにもアルテミスにもむけられなかった怒りが、腹の底にわき上がってきました。
「なら、なぜ捨てようとするのさ、すべてを」
「それは」
つまった息に胸がふくれ、のどをしめつけました。
彼は、アフロディの言葉を待たず、かぶりを振りました。あざだらけの白い腕が黒い服をかき抱きます。
「そうじゃない。ちがう。わかるよね」
ふりみだれる髪が音をたて、耳鳴りへとかわっていきます。
アフロディは口をつぐんだまま目の前の少年をじっと見ていました。そして、なんどもなにかを言いかけました。しかしそのくちびるは、はりついてしまったかのように、かたくむすばれたままでした。
しかし目の前の少年は相手の表情に目もくれず、つばをのみこみました。
「本当にまちがっているのは。なにも見えていないのはやっぱり」
なんどもなんども首をふりながら、一気にまくしたてます。
「きみだったんだよ」
アフロディの心は温度を失いました。
手がひゅんと風をきりました。
一瞬のことでした。
しかし、何十秒、何十分よりもながい一瞬でした。
ふたりはうごきません。
アフロディは、両の手で顔をかばう少年のことを、手の向こうで伏せられた目のことを思いました。
夜がふたりの時間を止めたようでした。あるいは、ふたりが時間をわすれてしまったようでした。手のひらが頬にぶつかるかわいた音も、ひるがえる髪も、ありません。黒い服のえりくびをつかむ手も、高く振り上げられた腕も、すべてが止まりました。
色のない夜があたりを満たしています。とうめいなにおいがします。またたく照明のぱちぱちはじける音が、遠くに聞こえます。
手のひらのこわばりが、ゆるんでいきます。指が、それぞれのただしいかたちを思いだしていくように。やわらかい肌がしわくちゃになります。めぐる血のながれが、手首のところでとくとく打っています。
アフロディの口から、ああと、ため息が漏れました。
両腕が、そっとおろされます。黒い服に隠れた胸のまんなかに、指の先がふれました。あたたかい胸の温度が、ひじまでつたわってきます。
心臓がうごいています。息とともにふくれる肺があります。
自分の中にあるそれらも、おなじようにうごいているにちがいありません。脈の速さや強さや、そこを流れるものは、べつべつのものです。
この奇妙にやわらかいはだざわりが、五本の指に、時間をこえて、しみつきました。
星のあかりが、頬のあざの上を流れていきます。それは彼のあごのあたりでゆっくりとあつまって、はちきれそうなぐらい丸いしずくになると、ふつりととぎれ、白い手首の上でくだけました。
どこからはこばれてきたのか、かすかに水のにおいがしました。
「僕は」
アフロディのくちびるがひらきました。
黒い服の少年は目を閉じたまま言葉をまっていました。どんな答えがかえってくるのか、もう知っている様子でした。
胸にそえられていた手がそっとはなれます。目の前の自分が、まぶたを開くのを見まもります。
「僕にはまだ、どうすればいいのかわからない」
首を横にふってみせます。
「でもなにも見えてないわけじゃない」
もう一人の彼は、ようやく息をはきだしました。
「じゃあきみは僕がまちがってると思う?」
アフロディはうなずきませんでした。まちがっていると言うことが、どういう力を持っているのか、知ったからでした。
校舎は白く、たくわえられた思い出の数だけくすんでいました。高く遠いところから彼らをみおろしているようでした。空をくぎるものは、それ以外にありません。星のひかりはうすく、月はあわくかがやいていました。
闇のぴりぴりした感触がもどってきます。うつろな玄関のはきだすしめった風が、肌をなでました。
「怖くなかったかい」
アフロディの口からこぼれた言葉は、すぐによどみました。
「なにが?」
「僕から答えをきくのが」
黒い服の少年はうなずきました。そして、はずかしそうに、両手の指を組みあわせました。
「怖かったよ」
彼の背は、すこしちぢんだようでした。影にひかりをすいとられたようにも見えましたし、あらゆる月日をまきもどしたようにも見えました。
ふたりはだまって空を見上げていました。カーテンのはたはた言う音が聞こえます。風が空に溶けています。黒い服の少年の背後で、せまい窓からもれていたせまいひかりが、ふっときえました。
もれる月あかりが、ぐんじょう色の雲にかくされていきます。
「さあ、きみは帰らなくちゃ」
そういって彼が指さしたのは、はいってくるときにくぐった裏門から、だいぶはなれたところでした。先ほど曲がってきた裏庭のじゃり道を、そのまままっすぐゆくと、左手につづいていたコンクリートの壁が外の道と校庭をしきっていました。頭の上までそびえていた壁は、とちゅうから胸のあたりにまで低く直され、その上にフェンスがつきささっていました。そばの砂場へ屋根のようにおおいかぶさる木から、つるつるの葉っぱをつけたツタがフェンスにまでおいしげっていて、ちょっとした生垣のようになっています。
「帰り道はすぐわかる。あれをのりこえてまっすぐいけばいい。きみの荷物もとちゅうにある」
「門からでていくのはだめかな」
校舎ごしの裏門をゆびさします。しかし、少年は首を振りました。
「いや。あっちはもう一人ではとおりぬけられないよ」
みょうに真剣に言ったものですから、それを見たアフロディが、ふふと笑いました。笑われた少年は頬をすこし赤らめ、横を向いてしまいました。
フェンスはたかくさびついていて、針金と針金がからみあうたび、塗装が黒くはげていました。見上げてみると、どれもおなじ大きさをしているように見えた鉄のひしがたが、つぶれたようにゆがんでいたりひろがっていたりしています。たかくのびた金網は空や建物の影をパズルのようにくぎり、奇妙にただしく組みあっていました。
ゆびが入るすきまをみつけて指をからませ、ツタだらけの金網をよじのぼります。右足で体重をささえるたびに、傷は痛み、冷たい感触がガーゼにしみていきます。
「気をつけて」
黒い服の彼が靴底に腕をそえ、力いっぱい持ちあげてくれました。彼の肌が泥でよごれ、やぶれて血がにじむところを思い、アフロディの胸は痛みました。しかし、どちらも力をゆるめません。
フェンスはぎしぎしなりました。足場をとらえそこねたつまさきがなんどもすべり、そのたびにツタがちぎれ、葉が落ちました。両腕に力をこめ、片方の足をふんばり、いちばん上の鉄棒に指をかけたところで、ようやくほっと息をつきました。
足を持ちあげ、なんとか金網をこえ、コンクリートへ飛び降ります。両足が道路をしっかりふみしめます。
向かい合わせにたたずむ影が、じゃあねと言いました。
「そうだ!」
ついだしてしまった大きな声に、アフロディは思わず自分の目をしばたたかせました。
声のぐあいを弱くして、そっとつづけます。
「ヘラ先輩やアルテミスは僕をゆるしてくれるだろうか」
「ゆるされることはきっとない」
首を振るけはいがします。
「みんなそうさ。みんなにもこういうことはあっただろうし、これからもたくさんある」
針金のこうしの向こうで、少年が泥のついた腕をさすっていました。
「そのとき、きみが、ゆるしてあげればいいんだ」
アフロディは返事のかわりにまよいなく目の前の影をみつめました。
そこから、少年のすがたはゆっくりときえはじめていきました。
「それじゃまたね」
彼の黒い服や髪や肌が、水をふくんだようにぼやけていきます。目をこらすほどに、色がやわらかく散っていきます。
「ごめんね」
雲のあいだから月がのぞき、少年の背中をてらしました。
顔をほろりとくずし、彼は笑いました。それは、どんな鏡のなかでもみたことがない、はじらいとうれしさとかなしさがまざった笑顔でした。
くやしいなと、アフロディは考えます。僕はかつてこういうふうに笑ったことがあっただろうか、いまはもうこんなふうに笑うことはできないのではないか、と。
さびと傷で黒くなった手を振ります。
「おやすみ」
「うん。おやすみ」
それが彼のさいごのことばでした。海へしずんでいくたからもののように、まっ黒い影が溶けていきました。
夜からあらゆるもののけはいがきえていきます。
―――――――――――――
はたして荷物は道のとちゅうにころがっていました。泥だらけになったかばんをなんどもはたき、かえり道をいそぎます。
道はほんとうにまっすぐのびていました。指や、ガーゼの奥に隠れている傷がじくじく痛みましたが、足は前へ前へとうごきつづけ、止まりませんでした。街灯は学校へ走ったときとおなじようにだまって足元をてらしてくれました。
やがて、町のひかりがもどってきました。とおりを走る車の音、ヘッドライト、信号機、人の足音、町にあるべきすべてのものが、あたりをつつんでいました。さいごの街灯をとおりぬけ歩道へでると、音とひかりが夜を押し流してしまいました。
車の影のすきまで、青信号が点滅しています。歩道へ人が散っていきます。彼はそのあいだをぬい、信号がかわったのといっしょに、だれもいない横断歩道へとびだしました。
歩道をゆく人々の視線が、彼をとらえます。しかし、足を止める理由にはなりません。
人ごみの間に立つ、捨てられた鏡が見えました。それは、アフロディのすがたといっしょに、すべての道ゆく人を、うつしていました。
ふいに視界のはしで影がゆれました。
見まちがいかと、目を丸くします。
ベンチにすわっていたヘラが、立ち上がったのです。バス停のすぐ横の、あのベンチのところでです。
彼とわかれてから、時間がたちすぎています。それに、バスはいちばん遠く見える信号機の下にすらきていません。おかしいという言葉が音になってうかんだ瞬間、もう彼のすがたは車の後ろへ隠れてしました。
横断歩道をわたりおわり、いそいで振りかえります。もう車道には数えきれないほど車が走りだし、ふたりのあいだをさえぎっていました。
ヘラはたしかに泣いていました。
涙をこぼしていたわけでも、声をあげていたわけでもありません。ただ、背すじをまっすぐにのばし、口を真一文字にむすんでいた彼の、瞳や、くちびるや、そこにあった沈黙やあかりや呼吸が、そうとしか思えない空間をつくりだしていたのです。人が涙を流すときにできる、ぴんとした弱い緊張が、あのバス停のまわりにだけ、満ち満ちていました。
車が流れていきます。緊張もかききえていきます。
ヘラはもういませんでした。
ライトにてらされたベンチだけが、車と人々のいく先をみまもっています。
アフロディがそこからはなれたのは、もう一度、すべての信号機が赤いランプをともしたときでした。高い空の上、月がビルの後ろに隠れました。
あたらしい一日がはじまります。朝日がのぼるまで、まだ時間がかかるようです。
バスが出発する時間をすぎても、足はいっこうに進みませんでした。
町はあらゆる種類のひかりで満ちています。内側からあふれるひかりも、外からやってくるひかりもあります。月や星のあかりもまじっていることでしょう。町にてらされて、人も、空をささえる電柱も、車も、すべてが影になっています。
信号機がしらないリズムで点滅しています。その下でながれる人の波は、やはり暗闇を頭からすっぽりかぶっていました。顔が少しも見えないぶん、かえって表情が感じられるくらいです。
見捨てられた粗大ゴミの山が、正面にありました。こげ茶色のクロゼットとタンスがまんなかに立って、人々のゆく先をうつろに見守っています。
バス停にはヘラがいました。彼は闇の中、バス停のベンチにすわり、じっと道路をながめていました。
ふたりがここでであうのははじめてのことでした。毎日どちらかが遅れて部室をでますから、一本か二本、バスがちがうのです。
ベンチの右どなりへ、歩みよります。はげた白いペンキのがさがさした表面が、目の前をよこぎる車のヘッドライトにさらされて、影を左から右へとのばしていました。
「こんばんは」
アフロディの声は雑踏のなかにすいこまれていきました。ヘラはこちらをちらりとも見ませんでした。
車道をはさんだあちらの歩道で、信号機が青にかわります。声のない人々のざわめきが、裏打ちのないひかりとまざり、ひろがります。
ガードレールや、ゴミの山が、あふれる人におおいつくされていきます。
左肩にかけていたバッグのひもを、そっと持ち上げます。地面へおろされた荷物の感触が、手のひらにつたわってきます。
狭いバス停では、荷物のほうが場所をとりました。もしほかに一人でもバス待ちの客がいたら、立っているのもいやになるでしょう。背後を歩く人の息遣いさえ聞こえてきそうな窮屈な歩道では、ベンチがひとつあるだけで、道幅の半分ふさがれてしまいます。
すぐ後ろでは絶え間なく足音がうまれ、靴にもまれきえていきます。信号待ちをしている車の中で、運転手の指がハンドルを規則ただしくたたいています。
本当の夜がすぐそばで待ちかまえています。
青いランプがつきました。車が目の前をすいすい横切っていきます。ガードレールがライトにてらされ、ぎらりと光ります。横断歩道の前に人がたまっていきます。ビルの窓にはどこもあかりがともっていて、ガラスの向こうをときどき誰かがとおりすぎていきました。
いまはもう空のほうが灰色のコンクリートより黒く、町のわずかなあかるさを少しずつすいとっているようでした。
ふたりはながいあいだだまっていました。車とバイクのエンジンの音が、きたない空気をかきみだします。しんとした空間は夜の闇にまぎれることのない重いものでした。月も、町の外に押しだされて、ひかりを落とせず、とまどっているようでした。
かすかに、息をすいこむ音がしました。
「おまえは」
低い声がします。
「本当は目をさましていないんじゃないか?」
アフロディの手がかたくにぎられました。
「そんなことはありません」
「それじゃなにが見えてる」
答えはすぐにはでませんでした。彼は言葉をひとつひとつえらび、ただしい音をならそうと、こころをくだいているようでした。やがてその口がうごきました。
「見えていないのは」
ただしい音はでませんでした。
ヘラはだまっていました。
「なにも見えていないのは――」
アフロディの声はそこで止まりました。
太陽のかがやきがおりこまれたような髪と、たそがれからかりうけた色の髪が、ガスになびいています。
切れた言葉は宙へきえていきました。そのあとを追うように、アフロディの瞳も空をうつします。かがやく町の息吹が強くにおいました。
つづきを言う必要はもうありません。
飲み込まれたつばの味がのどへひろがります。
「神の力なんかいらなかった」
ため息のかわりにもれた声が、満ちるひかりにかきけされていきました。力なく下がる腕の先で、むすばれた指がゆっくり開いていきました。
いやに大きなトラックが、クラクションをならし、視界の右はじにやってきたかと思うと、目の前いっぱいをさえぎり、左へ流れていきました。
靴が地面をたたく音とエンジンのうなりがうずまき、町のあらゆる建物のなかにしみこみ、あふれていました。
音やにおいは、あればあるだけゼロに近く感じられるものです。
ひびいていたクラクションが足音のうずにすいこまれてしまうと、町はずっとしずかになりました。
言葉のすがたを見失ったアフロディの視線は、目の前に横たわるガードレールの上をさまよいました。向かい側の歩道には、色彩のない人影が、横断歩道の幅いっぱいにひしめきあっています。
車のタイヤが鳴り、エンジンの音がきえます。すべての信号機が赤くともり、人と車が凪のようにしずまります。
ふいに視界がまっ白に染まりました。
思わず閉じたまぶたのすきまから、ひかりがあふれます。
目の奥までとどく、痛いほどにまっすぐなひかり。
目をつぶったのはアフロディだけでした。粗大ゴミにまぎれていた鏡が、車のライトを偶然反射して、正面をみつめるしかなかった彼の目へ、とびこんだのでした。
鏡は人の向こうに隠れました。
うすく開いたまぶたの間から、色彩をうばわれた景色がのぞきます。視界にゆっくり色がもどっていきます。歩道も、古いベンチも、輪郭をとりもどしました。
そのまんなかにヘラのすがたがたしかにうつりました。
彼はねむっているように見えました。
すべての力を自分の中心にすえて、目を無力に閉じ、闇へ身をゆだねていました。肩のあたりを注意してみれば、小さくうごいて息をしているのがわかります。
アフロディは、ぞっとさむいものが体をかけぬけていくのを感じました。彼がいきている証拠が、彼をつくるすべてのものから、溶けてなくなってしまったように見えたからです。閉じられたやわらかいまぶたや風におどる髪、頬、肌、口。ライトにてらされ、なめらかなひかりにぼうっとふちどられたそれらが、浅い呼吸といっしょに、ちがう世界へきえていくように見えたのです。
胸が凍りつきました。なにかとりかえしのつかないことがおこったという予感がありました。
しかしもしかしたらいまなら、闇の中から彼をすくいだすのに間にあうかもしれない。すくんでいた左手を、彼のほうへ、ぎこちなくのばした瞬間です。
突然、視界の左はじからずいとのびた白い手が、その手首をしっかりつかみました。
しみるほど熱い手です。たてられた爪が肌にくいこみます。
痛みと温度が頭にとどく前に、思わずあげた視線が、手の主の視線とぶつかります。
あざやかな赤色の目と、すきとおる金の髪。結ばれたくちびるのかわきかたすら、おなじでした。
鏡よりもそっくりなふたつの顔が、夜にうかび上がっていました。
―――――――――――――
あっけにとられたアフロディは、腕をひかれていることにすら気づけませんでした。
流れる人ごみにもまれても、指はほどけません。手首はちぎれてしまいそうでした。
歩道を横切ったところで、やっと、我にかえります。転びそうになっていたところをなんとかふんばり、腕をひっぱりかえします。相手がよろめいたのにあわせて腕を振りまわすと、ようやく指がほどけました。止まっていた血が手へいきおいよく流れだし、肌の色がもどってきます。
冷たい汗が背中いっぱいにふきだしました。早鐘のように打つ心臓の音が、全身につたわります。
ふたりが顔を見合わせたのは一瞬のことでした。もう一人のアフロディは、息をつかぬ間に身をひるがえし、家と家のすきまへとびこみました。
「まってくれ!」
声が住宅街いっぱいにひびきます。彼は振り向きません。
これ以上、言葉はでませんでした。息をすうと、むせるような夜のにおいが肺につまりました。
彼のすがたがきえるまえに、路地にとびこみます。車もはいれないくらいの道幅を、息をはずませながらなんとか走りぬけます。この前ぬけた路地よりもずっときれいで、ひんやりした道でした。どれだけ角を曲がっても、ゆく手をさえぎるものはありません。
彼にはすぐ追いつきました。手をのばせばとどきそうなくらい近くで、金色の髪がおどり、ひるがえります。
町のさわがしさが、あたりに満ちる紫色の闇にすいこまれていきます。
アフロディたちがたどりついたのは名前もわからない学校の、裏門でした。
逃げる後ろすがたがきえたと思うと、車があつい壁へぶつかったときのような、がしゃんと言う音がしました。思わず身をすくませながらもなんとかそのあたりへたどりつきますと、車のかわりに、なんとものっぺりとした鉄の門があらわれました。
いかにも不便そうなとびらです。幅も高さもあまりありません。校舎のすぐ裏につけられたドアですから、ひみつのぬけ道にすら使うことはできないでしょう。
目にふれる部分のペンキが、まるい取っ手にいたるまでぜんぶはげていて、さわるだけで指がまっ黒になってしまいそうなほどさびついていました。鉄板の上下のはじにのこっている塗料を見るかぎり、昔はそれはあざやかな青色をしたりっぱな門だったのでしょう。
あの少年は、開きっぱなしだったこの門のなかにとびこんで、とびらをけとばし閉じたのでしょう。黒い砂のようなさびがコンクリートの地面に散っていました。塀と門にあるわずかな隙間から、折れまがったねこじゃらしがのぞいています。
僕は彼を追わなければいけないなと、アフロディは思いました。
あふれていた不安やあせりはすべて、もう一人の自分に対する興味へと、むりやり姿をかえていました。
全身でぶつかるようにして、金属のとびらをおします。冷たい感触が重くしみてきます。とびらがきしみ音をたてるたび、茶色いさびがぱらぱらと地面へ落ちました。口の中にまで、鉄のにおいがしてきます。
ぐいと体重をかけると、門は少しずつ開きはじめました。やっとできたわずかなすきまへ、なんとか体をすべりこませます。
裏庭は絵の中の景色のようにしんとしていました。
ブラウスについたさびをはたきながら、校舎をはしからはしまでみわたします。人影はもちろん、木や草の風にそよぐところすら見あたりません。
門を囲うようにしてはえるツタも、ならべられたプラスチックの植木ばちも、来客をみさだめているようでした。
校舎にも庭にも、あかりは見えません。頭上、高い空のうえに、月だけがぽっかりうかんで、こうこうとあたりをてらしていました。
さあさっきの彼はどこへきえたのだろうと、あらためて庭をながめます。
右手には浅く色気のない花壇が五列、校舎と塀のあいだを埋めるようにならんでいます。しおれてちぢんだパンジーやクロッカスが、ざつに植えられていました。水気のない土は、少しも整えられていないらしく、まっ平らでした。つきあたりに高い壁があるところを見ると、日のひかりも満足にあたっていないようでした。
左を見ると、庭よりずっと幅のひろい校舎が、どんとつっ建っているだけの、つまらない壁がありました。気のきいたぬけ道も、わたりろうかも、ありません。花壇は四列だけありました。校舎側の一列ぶんは、無愛想なじゃり道になっていて、門から校舎へつきあたるところで左へ、校舎のはじあたりで右へ、直角にまがっていました。月あかりがさしこんでいる様子を見るかぎり、どうやらそのかどをはいれば校庭へたどりつけるようでした。
逃げた彼もそこを走りぬけていったにちがいありません。
じゃりの上を、音をたてないように進みます。
夜の学校とはこんなにさびしいものだったでしょうか。
どんなにあるいても、だれにもであうことはできません。
かすかな虫の声は、無音にたえかねた耳が、みずからつくりだしたきしみのようです。靴と砂のこすれる音も、聞こえてくることがまちがっているように思えます。
かすかな音やひかりは、いつのまにか、あつぼったい夜にもらさずのまれていってしまいました。
じゃり道をたどるにつれ、足の傷の痛みがましてきました。水っぽいガーゼが傷口をびったりおおい、風をすこしもとおしません。
アフロディが一歩足を進めるたび、あとを追ってくる闇の気配が、濃さをましていきました。
見えないものの息がくびすじににかかり、肌をぴりぴりいわせるのでした。
だれかがガラスをつついたような気がしても、窓の向こうに人影をさがすことすらできません。ちらと目をさまよわせても、見えないものは予感ごと身を隠してしまいます。
指の先がじっとりしめってきます。かわいた草のかおりが、鼻の奥をくすぐります。
わずかでも気を緩めたら、すべてをすいこんでしまいそうな闇でした。
ほんとうは闇はすべてをのみこむようにできています。たとえひかりがさしこんだとしても、それすらじわじわほどいて溶かしてしまうのです。
人はひかりよりもずっとはっきりしていますが、それでも闇は、体をはじのほうからそっと溶かしています。
ましてや、これだけ濃い闇ならば、その感覚はずっと早くなります。
暗闇はささやきあいながら木の影や窓のなかにひそみ、足元をとりかこんでいました。
口の中に、いやな味がひろがります。
音のない景色は、意思を持ってこちらをじいっと見おろしていました。
寝息をたてていた草花も、夜の重みにたえていた小石たちも、みんなが彼のあしどりをみつめ、体中に視線をはわせていました。
沈黙や闇は、時間がたつごとにするどく全身につきささります。骨にまでとどきそうな沈黙でした。足のあいだを、温度のある風がそうっととおりぬけていきます。
体にひめていたひかりが、糸でひっぱられるようにはがされ、とれていきます。
もう景色はすべての色をうしなってしまったようでした。
湿気すら肌をちくちくさすようになったときです。
ようやく足元のじゃり道がとぎれました。校舎のかげからさすやわらかい月のひかりが、髪からつまさきまでを、うすくつつみこんでいます。
すきとおった空気をいっぱいにすいこみ、アフロディはながいため息をつきました。傷の痛みもひいていきます。
砂ばかりの校庭からは、あたりをかこむ住宅街と校舎が一度に見えました。コンクリートの壁と高い金網が、夜空をさえぎっています。
校舎のそばに、ならべて植えられたふるいイチョウが六本、ほこりっぽい風になびいていました。いちばん向こうのイチョウの影に、校庭より一段たかい石の地面があり、となりで玄関がぽっかり口を開けていました。傘たての上には、忘れさられたうわばきが一足だけおかれていました。うすいガラスをへだてているだけのまっ暗な玄関が、そのくすみをいっそうきわだたせていました。
アフロディの視線は、玄関の前で止まりました。まばたきのあと、時間をかけて目をこらします。
月あかりにてらされる校庭を、じっとみつめる人影がありました。彼の瞳も、彼の意思で閉じられ、ゆっくり開かれました。
雲が空をおおいはじめます。
アフロディは彼の手がとどくところに歩みよりました。ふたりはおなじ雲の影の中に立ちつくしていました。
月が隠れているというのに、向こうの顔はよく見えました。やはり、どんなガラスや水たまりにうつるよりもそっくりな自分が、人のかたちを持ってそこにありました。
ただひとつちがったのは、彼がまっ黒な服に身をつつんでいたことです。髪にかくれて見えなかったブラウスもズボンも靴下も、腕や足のかがやくような白をひきたたせる、にぶい黒でした。
「なぜ僕を追ってきたんだい?」
彼が言いました。どこかあまい、ねじをしめわすれているような声です。
「きみこそなんで、僕から逃げるんだ」
のどがきしんでいます。左手首が、彼の手の温度を思い出し、あつくなりました。
「本当はきみが僕を追っていたんだろう」
「それは」
彼はみだれた髪をそろそろとなでました。怯えが、動作のひとつひとつにあらわれていました。
「きみが怖かったから」
「怖いのはこっちのほうだよ」
強いいきおいのある声でした。アフロディは怖気だつ相手をにらみつけました。
「きみはだれなんだい? あの鏡からでてきたのかい」
「僕は鏡じゃない」
もう一人の少年は手をおろし、そろりとアフロディをみました。それから短いあいだ、だまって考えこんでいました。
「これは鏡の役目じゃないんだ」
そう言いながら視線をはずします。しまりのない表情でした。遠慮がちに組み合わせた指の上で、長い前髪の先がぱらぱらほぐれました。
ふとアフロディはまばたきをしました。相手の白い肌に、しみのようなものがうかんでいるのを見つけたのです。
注意しなければ見逃してしまうくらい、小さなうすいしみです。瞳のピントがずれたせいかもしれないと、目をこらしても、きえません。玄関からながれでた闇に、色をうばわれてしまったのでしょうか。彼の輪郭があわくあいまいに見えたのは、そのしみのせいかもしれません。
「それはなんだい」
そう言いおわらないうちに、彼は目をどこまでも大きく見開きました。眉尻のさがった顔から、さあっと血がひいていきます。
最初は、しみは、右の二の腕のうえにぽつんとついているようでした。しかしよく見てみると、それはあらゆるところにありました。腕にも、頬にも、足にも。さがせばさがすだけふえていくようです。彼が後ろを向いても、横を向いても、かならずふたつみっつはみつけられるにちがいありません。
「そうだね」
オルゴールは、ぜんまいがこわれる瞬間に、こんな音色をだすかもしれません。黒い服のアフロディはそれきり息を止め、本当のアフロディのすがたを見ました。
アフロディは右足の傷がうずくのを感じました。湿り気をいっぱいにふくんだガーゼが、足にすいついています。
「おぼえていないんだね」
「なにを」
反射的にそう返した後、アフロディはぴくりと肩をふるわせ、短く息をのみました。頬に緊張がはしります。自分のものではないあざを、ふたたび見つめます。
黒い服の少年が、組んだ指をほどきました。
「きみは」
そこで言葉はつかえ、かわりにしっとりした息がくちびるからもれました。彼の視線が地面へと落ちます。
「きみは、自分がまちがってると、本当に思ってたかい?」
ただしい音色をもった声でした。
アフロディは、自分の頭にかあっと血がのぼったのがわかりました。
「思っているさ」
くちびるがかわいていきます。にぎりしめる両手が、しびれます。ヘラにもアルテミスにもむけられなかった怒りが、腹の底にわき上がってきました。
「なら、なぜ捨てようとするのさ、すべてを」
「それは」
つまった息に胸がふくれ、のどをしめつけました。
彼は、アフロディの言葉を待たず、かぶりを振りました。あざだらけの白い腕が黒い服をかき抱きます。
「そうじゃない。ちがう。わかるよね」
ふりみだれる髪が音をたて、耳鳴りへとかわっていきます。
アフロディは口をつぐんだまま目の前の少年をじっと見ていました。そして、なんどもなにかを言いかけました。しかしそのくちびるは、はりついてしまったかのように、かたくむすばれたままでした。
しかし目の前の少年は相手の表情に目もくれず、つばをのみこみました。
「本当にまちがっているのは。なにも見えていないのはやっぱり」
なんどもなんども首をふりながら、一気にまくしたてます。
「きみだったんだよ」
アフロディの心は温度を失いました。
手がひゅんと風をきりました。
一瞬のことでした。
しかし、何十秒、何十分よりもながい一瞬でした。
ふたりはうごきません。
アフロディは、両の手で顔をかばう少年のことを、手の向こうで伏せられた目のことを思いました。
夜がふたりの時間を止めたようでした。あるいは、ふたりが時間をわすれてしまったようでした。手のひらが頬にぶつかるかわいた音も、ひるがえる髪も、ありません。黒い服のえりくびをつかむ手も、高く振り上げられた腕も、すべてが止まりました。
色のない夜があたりを満たしています。とうめいなにおいがします。またたく照明のぱちぱちはじける音が、遠くに聞こえます。
手のひらのこわばりが、ゆるんでいきます。指が、それぞれのただしいかたちを思いだしていくように。やわらかい肌がしわくちゃになります。めぐる血のながれが、手首のところでとくとく打っています。
アフロディの口から、ああと、ため息が漏れました。
両腕が、そっとおろされます。黒い服に隠れた胸のまんなかに、指の先がふれました。あたたかい胸の温度が、ひじまでつたわってきます。
心臓がうごいています。息とともにふくれる肺があります。
自分の中にあるそれらも、おなじようにうごいているにちがいありません。脈の速さや強さや、そこを流れるものは、べつべつのものです。
この奇妙にやわらかいはだざわりが、五本の指に、時間をこえて、しみつきました。
星のあかりが、頬のあざの上を流れていきます。それは彼のあごのあたりでゆっくりとあつまって、はちきれそうなぐらい丸いしずくになると、ふつりととぎれ、白い手首の上でくだけました。
どこからはこばれてきたのか、かすかに水のにおいがしました。
「僕は」
アフロディのくちびるがひらきました。
黒い服の少年は目を閉じたまま言葉をまっていました。どんな答えがかえってくるのか、もう知っている様子でした。
胸にそえられていた手がそっとはなれます。目の前の自分が、まぶたを開くのを見まもります。
「僕にはまだ、どうすればいいのかわからない」
首を横にふってみせます。
「でもなにも見えてないわけじゃない」
もう一人の彼は、ようやく息をはきだしました。
「じゃあきみは僕がまちがってると思う?」
アフロディはうなずきませんでした。まちがっていると言うことが、どういう力を持っているのか、知ったからでした。
校舎は白く、たくわえられた思い出の数だけくすんでいました。高く遠いところから彼らをみおろしているようでした。空をくぎるものは、それ以外にありません。星のひかりはうすく、月はあわくかがやいていました。
闇のぴりぴりした感触がもどってきます。うつろな玄関のはきだすしめった風が、肌をなでました。
「怖くなかったかい」
アフロディの口からこぼれた言葉は、すぐによどみました。
「なにが?」
「僕から答えをきくのが」
黒い服の少年はうなずきました。そして、はずかしそうに、両手の指を組みあわせました。
「怖かったよ」
彼の背は、すこしちぢんだようでした。影にひかりをすいとられたようにも見えましたし、あらゆる月日をまきもどしたようにも見えました。
ふたりはだまって空を見上げていました。カーテンのはたはた言う音が聞こえます。風が空に溶けています。黒い服の少年の背後で、せまい窓からもれていたせまいひかりが、ふっときえました。
もれる月あかりが、ぐんじょう色の雲にかくされていきます。
「さあ、きみは帰らなくちゃ」
そういって彼が指さしたのは、はいってくるときにくぐった裏門から、だいぶはなれたところでした。先ほど曲がってきた裏庭のじゃり道を、そのまままっすぐゆくと、左手につづいていたコンクリートの壁が外の道と校庭をしきっていました。頭の上までそびえていた壁は、とちゅうから胸のあたりにまで低く直され、その上にフェンスがつきささっていました。そばの砂場へ屋根のようにおおいかぶさる木から、つるつるの葉っぱをつけたツタがフェンスにまでおいしげっていて、ちょっとした生垣のようになっています。
「帰り道はすぐわかる。あれをのりこえてまっすぐいけばいい。きみの荷物もとちゅうにある」
「門からでていくのはだめかな」
校舎ごしの裏門をゆびさします。しかし、少年は首を振りました。
「いや。あっちはもう一人ではとおりぬけられないよ」
みょうに真剣に言ったものですから、それを見たアフロディが、ふふと笑いました。笑われた少年は頬をすこし赤らめ、横を向いてしまいました。
フェンスはたかくさびついていて、針金と針金がからみあうたび、塗装が黒くはげていました。見上げてみると、どれもおなじ大きさをしているように見えた鉄のひしがたが、つぶれたようにゆがんでいたりひろがっていたりしています。たかくのびた金網は空や建物の影をパズルのようにくぎり、奇妙にただしく組みあっていました。
ゆびが入るすきまをみつけて指をからませ、ツタだらけの金網をよじのぼります。右足で体重をささえるたびに、傷は痛み、冷たい感触がガーゼにしみていきます。
「気をつけて」
黒い服の彼が靴底に腕をそえ、力いっぱい持ちあげてくれました。彼の肌が泥でよごれ、やぶれて血がにじむところを思い、アフロディの胸は痛みました。しかし、どちらも力をゆるめません。
フェンスはぎしぎしなりました。足場をとらえそこねたつまさきがなんどもすべり、そのたびにツタがちぎれ、葉が落ちました。両腕に力をこめ、片方の足をふんばり、いちばん上の鉄棒に指をかけたところで、ようやくほっと息をつきました。
足を持ちあげ、なんとか金網をこえ、コンクリートへ飛び降ります。両足が道路をしっかりふみしめます。
向かい合わせにたたずむ影が、じゃあねと言いました。
「そうだ!」
ついだしてしまった大きな声に、アフロディは思わず自分の目をしばたたかせました。
声のぐあいを弱くして、そっとつづけます。
「ヘラ先輩やアルテミスは僕をゆるしてくれるだろうか」
「ゆるされることはきっとない」
首を振るけはいがします。
「みんなそうさ。みんなにもこういうことはあっただろうし、これからもたくさんある」
針金のこうしの向こうで、少年が泥のついた腕をさすっていました。
「そのとき、きみが、ゆるしてあげればいいんだ」
アフロディは返事のかわりにまよいなく目の前の影をみつめました。
そこから、少年のすがたはゆっくりときえはじめていきました。
「それじゃまたね」
彼の黒い服や髪や肌が、水をふくんだようにぼやけていきます。目をこらすほどに、色がやわらかく散っていきます。
「ごめんね」
雲のあいだから月がのぞき、少年の背中をてらしました。
顔をほろりとくずし、彼は笑いました。それは、どんな鏡のなかでもみたことがない、はじらいとうれしさとかなしさがまざった笑顔でした。
くやしいなと、アフロディは考えます。僕はかつてこういうふうに笑ったことがあっただろうか、いまはもうこんなふうに笑うことはできないのではないか、と。
さびと傷で黒くなった手を振ります。
「おやすみ」
「うん。おやすみ」
それが彼のさいごのことばでした。海へしずんでいくたからもののように、まっ黒い影が溶けていきました。
夜からあらゆるもののけはいがきえていきます。
―――――――――――――
はたして荷物は道のとちゅうにころがっていました。泥だらけになったかばんをなんどもはたき、かえり道をいそぎます。
道はほんとうにまっすぐのびていました。指や、ガーゼの奥に隠れている傷がじくじく痛みましたが、足は前へ前へとうごきつづけ、止まりませんでした。街灯は学校へ走ったときとおなじようにだまって足元をてらしてくれました。
やがて、町のひかりがもどってきました。とおりを走る車の音、ヘッドライト、信号機、人の足音、町にあるべきすべてのものが、あたりをつつんでいました。さいごの街灯をとおりぬけ歩道へでると、音とひかりが夜を押し流してしまいました。
車の影のすきまで、青信号が点滅しています。歩道へ人が散っていきます。彼はそのあいだをぬい、信号がかわったのといっしょに、だれもいない横断歩道へとびだしました。
歩道をゆく人々の視線が、彼をとらえます。しかし、足を止める理由にはなりません。
人ごみの間に立つ、捨てられた鏡が見えました。それは、アフロディのすがたといっしょに、すべての道ゆく人を、うつしていました。
ふいに視界のはしで影がゆれました。
見まちがいかと、目を丸くします。
ベンチにすわっていたヘラが、立ち上がったのです。バス停のすぐ横の、あのベンチのところでです。
彼とわかれてから、時間がたちすぎています。それに、バスはいちばん遠く見える信号機の下にすらきていません。おかしいという言葉が音になってうかんだ瞬間、もう彼のすがたは車の後ろへ隠れてしました。
横断歩道をわたりおわり、いそいで振りかえります。もう車道には数えきれないほど車が走りだし、ふたりのあいだをさえぎっていました。
ヘラはたしかに泣いていました。
涙をこぼしていたわけでも、声をあげていたわけでもありません。ただ、背すじをまっすぐにのばし、口を真一文字にむすんでいた彼の、瞳や、くちびるや、そこにあった沈黙やあかりや呼吸が、そうとしか思えない空間をつくりだしていたのです。人が涙を流すときにできる、ぴんとした弱い緊張が、あのバス停のまわりにだけ、満ち満ちていました。
車が流れていきます。緊張もかききえていきます。
ヘラはもういませんでした。
ライトにてらされたベンチだけが、車と人々のいく先をみまもっています。
アフロディがそこからはなれたのは、もう一度、すべての信号機が赤いランプをともしたときでした。高い空の上、月がビルの後ろに隠れました。
あたらしい一日がはじまります。朝日がのぼるまで、まだ時間がかかるようです。
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